手本

 手本は良い物を選びたい.現在写経というと、般若心経が選ばれているがこれとて手本になるものはさまざまである.要は見た目に美しく、正しく書かれている良い手本を選ぶことが大切である。
 ご写経の中には素晴らしいものがたくさんあるから、その中から自分の好みに合わせて選ぶとよい。なぜ手本が大切かというと、何巻も書写していくうちに手本のくせが移ってしまうので、手本自体が良いものでないと字の美しさがそがれ、書の上達も望めない。

 経机、香、塗香、丁字

 写経をする時には書きやすい高さの机(経机)を用意する。気分を引きしめる意味から、部屋に焚く香や香炉も用意したい。寺院などで写経する場合には、手に塗る塗香、口に含む丁字なども用意される。
 写経は、清浄な環境で清浄な心を持って書写されるのが肝要であるから、部星の空気はもちろんのこと、自分自身を種々の香をもって清めるのである。

 、取家庭で写経する時は、静かな部邑を選び、香を用いることによって気分を引きしめ、仏と対時して写経三昧に入るということである。なお細字を楷書体で書くので光線には十分配慮する必要がある。手もとが暗くなったり、光の具合で字が見にくいということであれば良い写経もできない。

 順序

 筆者の寺には一文字写経という写経方式が伝えられている。これは歴代の門跡、親王などが行った写経方式である。この一文字写経は他の寺院では見られない方式であるが、般若心経の中から一字を選び、一心をこめて書写する方式である。
 創建一千年にあたる昭和五十五年には、全国から一文字写経が納経され、特殊容器に収められて土中に埋められた。そしてこれは一千年後、二九入○年に掘り起こされることになっている。この意図するところは、一千年後まで一家長久など諸々の願い事を一文字写経に託そうという悠久の未来に向かっての願いである。そのために″二九入○年へのメッセージと名付けられたが、全身全霊をもって般若心経一文字に願いを託すわけである。
 この文字写経の順序であるが、まず衣服を整え写経場に入る。静かな環境を選び、人の出入り、騒音のないところを選ぶ。写経する時刻は、早朝や深夜が好ましいとされるが、あまりたこだわらなくてよい。着座をしたならまず三礼をする。そして塗香を用いて身体を浄め、上質の線香をたく。 次に硯の中に水を入れ墨をする。静かに、ゆっくり、心が落ちつくまで墨をする。すり方は円を措くがごとく、現が長方形であっても円を描くように墨をする。そして呼吸を整えるのである0轟をすり終わったら、静かに目を閉じ合掌をして、しかるのちに写経用紙に一字、心をこめて書写をするのである。
 一字の書写が終わったら癖文を書き、書写の年月日、氏名、下には謹書と書いて再び瞑目、合掌し、静かに立ち上がって三礼をし、般若心経を一巻唱え、再び三礼をして退堂するのである0これが一文字写経の心得と順序であるが、一般の写経もこの順序にしたがっている。この順序は自分自身を浄め、心を浄め、心の安定をはかり、その心をもって書写する文字に一心をこめ願い事を託し、その託すべき仏に対して最大の敬意を表す。写経はただ字を写すことではなく、心の表れを書で表現するということになろうかと思う.

 覆面軌
 写経をする時に息が直接かからないように、口を覆うものであるが、半紙を縦四つに重ね、両端にこよりで紙ひもを作り、輸の形にして両耳にかけるマスクのようなものである.ゴワゴワとあまり堅くならないようにする。折り紙の折り目を下にして、中に塗香を入れてあごで軽くささえるようにする。
 この覆面紙は献茶、献香、献花など仏前にお供え物をする場合とか、仏さまを遷座する場合にも使うものである。

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